さわやかな風が、いつも心に吹きますように
仕事熱心(?)な絵
2005年11月29日 (火) | 編集 |
はい、仕事熱心シリーズ、第3弾(笑)。
7〜8年ほど前、1年間カウンセラー養成の研修に通っていたことがあります。
研修会場は都心にあり、すごくにぎやかで関西では有名な商店街のある場所で、そこへ通うのがいつも楽しみでした。
商店街の一角に、額縁屋さんがあり、時々そこで時間をつぶしては、絵や雑貨を見ていたもんです。
本職は額縁屋さんでも、お店の奥には、結構な値段の付いた有名な画家の絵が飾ったり、売られてあったりして、もちろん手が届くような品物ではないですが、見るだけで心が和むものです。

そこで、なんとなく目に付いたのが、この絵です。

あれ?もしかして、シャガール???
私はシャガールが好きなんですが、この絵、ひょっとして?

もちろん、値段は1000円いくらかの額縁だけを取り扱っているコーナーに、ちょこんと置かれてあったので、そんなことはないんですが、それでも絵のタッチが似てるし、何よりお母さんが赤ちゃんを抱いている様子が、なんとも素敵でやさしくて。
シャガールでなくても、もうなんでもいいや。
とにかく、この絵が気に入った(値段も)!

家に帰ったあとは、私が持っているシャガールの絵本や、数冊のポストカード集を見まくったのですが、これと同じ絵はないんです。
各絵の、隅っこにも、このような絵はないのです。
(シャガールはよく、メインの人物以外に、羊や人間たちを隅っこに小さく描いてますよね)
多くの数あるシャガールからは探せそうもありません。
まあ、そんな値段で手に入るのだから、シャガール風に描かれた「イラスト」だと思うのですが。
でも、素敵でしょ?


やさしさにあふれて・・・


私が持っている、シャガールの絵本。
青い色がとっても綺麗です。

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ジャンル:育児
仕事熱心(?)な雑貨たち
2005年11月27日 (日) | 編集 |
この休みの間、掃除の合間にこんな写真を撮って遊んでしまいました。
だから、作業がはかどるわけがないよねえ。

私のお気に入りの雑貨たち。


赤ちゃん、よしよし♪

今年の愛知万博で、購入したもの。
お母さんが赤ちゃんを抱き上げて、あやしています。
アフリカの、どこかの国の雑貨。
バナナの皮で、出来てるんじゃないかな。
もう、一目ぼれで買いましたww
あと、万博で買ったものではないけれど、こんなバナナの皮で出来た雑貨はあと2〜3種類飾ってます。


元気な赤ちゃんが産まれますように♪

これも愛知万博で買いました。
これもアフリカの雑貨。
安産のお守りだそうで。
人間が2体くっついて売られていたんですが、初め「赤ちゃんの人形だ!」と思って、即買ったのですが、家に帰ってきてから良く見ると、「めおと人形」でした・・・・・^^;
まあ、夫婦仲良く、って言うのは、安産の基本ですからねww
しかし、明るい所でまじまじ見ると、ちょっとこわい?(笑)


えいや!

タイのパビリオンにて。
子どものムエタイ人形。
表情がかわいい^^
これも一目ぼれ。
元気に育ってね。


赤ちゃん、ねんね

これはもう、随分前に買ったものなので、色あせてます。
飛騨に旅行に行ったときに、このクタッとした感じがすごくかわいくて、買っちゃいました。
ご存知、さるぼぼ人形。
子どものお守りとか、安産のお守りとか言われてますね。


安産って、妊婦さんたちだけのものではないんです。
助産師は、いつも安産を望んでいますから。


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ジャンル:育児
大掃除開始
2005年11月24日 (木) | 編集 |
暖かくて晴れた一日。
12月の寒い時期に入る前に、掃除を始めなければ。
週末をはさみ、休みが続くので、ずっとお天気だと、掃除もはかどりそうだ。
今日は、2階の窓拭きと、網戸拭き(洗い)。
電気のシェードを外して拭き、カーテンレールやカンチのロッカーダンスの上を拭いたり、とにかく上と言う上を掃除しまくった。
カーテンも洗った。
最後に掃除機をかけて、終了。

私は冬になると手荒れがひどくなる。
普段の掃除や炊事に手袋は使わないんだけど、こんな大掃除のときは、手袋を使わないと、後でひどいことになってしまう。
職場から、滅菌消毒の期限切れになった手術用手袋を持って帰ってくる。
手術用の手袋は、普通の手袋を違い、手や指にしっかり密着するし、洋服の袖口までぴったり巻きこめるので、実は冬場の掃除にはもってこいの小道具。
ぴったりフィットするから、水なんか入り込む隙間もないし(お掃除用のゴム手袋って、すぐ水が入ってくるよねえ・・)
このサイズは私しか使わないので、お産をどんどんお手伝いしないと、この手袋は古くなってしまう。
期限が切れ、古くなり、職場で雑用に使うにも、他のみんなはサイズが合わないので、使わないのだ。

さあ、明日は1階の窓拭き。
寒くなるまでに、大掃除は終了しそうだ。
仕事熱心(?)な夢
2005年11月22日 (火) | 編集 |
当直明け。
久し振りに、だーれも入院のいない当直だった。
あと1週間もしないうちに、月末のベビーラッシュがやってくるとは思うんだけど。

やっぱり、だーれも入院してないと寂しいなあ。
やらなければならない事務作業や雑用をこなし、しばしパソコンで遊んだり。
掃除したり、翌日の準備をしたり。
気づいた業務連絡は、朝にならないとできないし。
深夜をまわった時点で、仮眠することにした。

だーれも入院してないと、逆に眠れないものだ。
カチカチと時計の音だけが、妙に耳につき、寝つけない。
それでもうとうとしていると、夢?空耳?なんだろう。
何かが分娩室の方から、聞こえて来るような気がして。
私は目をつむってるし、寝てるので、多分夢なんだろうけど。

そう。
赤ちゃんが泣いてる・・・・。
私は「ああ、赤ちゃんが泣いてる。早く抱っこしてあげなくちゃ」と思ってるんだけど、身体が動かなくて。
いわゆる「かなしばり」って言うやつだ。
それも、霊的なものではなく(多分・・・・私は霊感まったくないし)、脳が目覚めてるけど身体(筋肉)は寝てるって言うやつだと思う。
(第一、ここは自然分娩のみ扱う施設なので、霊的な赤ちゃん関係のかなしばりって言うことはまず皆無である)
どのくらいの時間が経ったかわかんないけど、いつまでも「早く抱っこしなくちゃ、抱っこしなくちゃ」ってずーっと思ってた。

変な夢。
うなされてたわけではないけれど。

朝、日勤さんにその話をしたら、「みなみさん、疲れてるんやよ・・・私もときどきあるもん。やっぱりどっかでリフレッシュしないと、いい仕事できないねえ」なんてしゃべってた。
先週忙しかったしね。
そうかもしれない。
誰かが入院してないと、逆に安心して仮眠ができないんだ。

さっき、別の同僚と電話での会話。
昨夜の赤ちゃんが泣いてる夢を話したら、「私も悪夢を見るねん」とのこと。
赤ちゃんがチアノーゼを起こし、急いで酸素吸入や処置をほどこしていると言う夢。
「やっぱり疲れてるんやねえ」とお互い声を合わせて納得していた。

また温泉行きましょう。
岩盤浴で毒出しし、タイ式マッサージを受けましょう(笑)

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ジャンル:育児
お産で筋肉痛
2005年11月20日 (日) | 編集 |
今日はカンチの日曜参観。
これで、小学校最後の日曜参観だ。
私が小学校の頃は、この日曜参観を「父親参観」と言ったものだが、いつのまにか呼び名は変わってしまった。

休日に参観をすることで、お父さん達もたくさん来られていた。
学年が上がるにつれ、お母さん達は子育てからちょっと開放され、パワーアップしたおしゃれな人が増えてきたけど、お父さん達はちょっと老け・・・落ち着いたダンディな人が増えてきたような気がする。

さて。
お産で筋肉痛のはなし。

お産でわたしはちょくちょく筋肉痛になる。
特に左腕・左肩。
これは、お産をゆっくり進めるために、赤ちゃんの頭が出るスピードを調節するため、左手で赤ちゃんの頭を支えるので、ちょっと大きな赤ちゃんとか、とても早く出てこようとする赤ちゃんの場合に、起こってしまいます。
なんで、ゆっくり進めなくちゃいけないのかと言うのは、早いスピードで赤ちゃんの頭が出てしまうと、赤ちゃんの転落の危険や、お母さんの会陰裂傷や出血、臍帯の断裂、胎盤の自然でない剥離をおこしてしまったりと、ちょっといろいろ異常につながる恐れがあるので、助産師とすれば、それは避けたいことだからだ。
(赤ちゃんがしんどいサインを出していれば、手早くお産は進めないといけないので、ゆっくり進めていくことが何が何でも正しいと言うことではありません)
2〜3日後に起こらないので、ちょっと安堵だが、でも腕が痛いのはなかなかつらいことだ。
運動不足と言われれば、ソレまでだが。

でも先日のお産は、ちょっと違った箇所が、筋肉痛になってしまった。
右足のお尻から始まり、付け根・太もも・すね、横腹。
分娩ベッドでお産を希望されなかった方の介助をしたのだ。
分娩ベッドでは、介助するものは立位で行うので、足腰さえしっかりふんばってれば、自分の身体は不安定になることなく、お産の介助ができる。
介助者には便利で、介助しやすい、観察や異常時の対応がしやすいなどの利点がある分娩ベッドだが、実際産む側にとっては、分娩ベッドの是非が問われているのも事実。
正常に経過していれば、どんなところで産んでもいいじゃない。
私も、それは断然そう思う。
何も分娩ベッドで産む必要なんて、全然ないんだもの。

普通のベッド(特に幅の広いベッド)のため、私は靴を脱いでベッドに上がり、正座でなく足を崩した姿勢で臨んだ。
こんなとき、白衣のスカートは邪魔だったのでまくりあげてしまったから、お母さんの目線からセクシーな下着が見えてしまっていたかどうかは不明だが。
お母さんは、側臥位で産むのかなあと思っていたら、くるりを上を向かれ、分娩ベッドと同じように仰向けでお産することになった。
きっと、その姿勢がこの人にとってラクと、身体が自然に感じたのだろう。
お母さんの会陰を観なくちゃいけないし、赤ちゃんの頭も支えなくちゃいけないし、私は必然的に前かがみの姿勢になり、数十分。
赤ちゃんは元気に産まれた。
お母さんも、出血も少なく、元気元気。

元気なお産では、私は何をしても良いと思う。
分娩ベッドなんてなくても、良いと思う。
でも。
そのあと。
家に帰ってから、なんか足ががくがくするし。
階段上がるとき、なんか痛みが走るし。
筋肉痛?

それから2〜3日は、階段上がるのもつらかったほど(いや、降りる方がつらかったかも)足が上がらないし、痛いし、寝返り打てないし。
分娩ベッド以外でお産の介助をすることは、普段からいろんな筋肉を鍛えとかなくちゃいけないんだなあと思った。
私には、まだまだ自宅分娩のお手伝いは無理だな^^;
でも、良い経験になったし、楽しいお産だったので、良かった。
何よりお母さんが満足されてたので、それが一番うれしかった。
こちらも楽しいお産で、素敵な時間を過ごせました。
こちらこそ、ありがとう。


働いた働いた
2005年11月18日 (金) | 編集 |
ああ、忙しい1週間だった。
まず、結婚式に行く日の土曜日、夜中〜朝までお産で働いた。

それからお昼前に長良川温泉方面へ出発、次の日の日曜日の帰宅は深夜。
日曜日はお昼まで寝たあと、持って帰ってきた洗濯物を洗う暇もなく(そりゃそうだ、寝てたんだから)、晩ごはん食べたらまたオンコールでお産の呼び出し、出勤。
帰宅は日付けが替わった、月曜日の2時か3時頃だったっけ。
その日は3時間ほど寝た後、日勤へ。
これまた一度に産まれたので、日勤も大変忙しい。
当直さんも、お昼まで残業だ。
2人で走り回っていた。
この日は帰宅も遅く、帰ったらごはんも作らずに寝てしまった。
その次の日の火曜日はやっと休み。
もちろん昼まで寝た寝た。
疲れがようやく取れたかなーと思って、水曜日日勤へ。
本当は水曜日は休みの予定だったが、休日出勤した。

そして、実は日曜日の夜中のお産で、すっごい筋肉痛になってしまったのだ。
ちょうど火曜日辺りがピークで、階段も上るのがつらいほど。
お産でちょくちょく筋肉痛になってしまうわたし。
筋肉痛の原因については、また後日書こうと思います(笑)
だからね、体調もちょっとしんどかった。

木曜日は、当直入り。
スタッフのご家族が亡くなられ、その連絡やら勤務調整やらで、当直入りだけど、家で寝ることすらできなかった。
家にいても、仕事で電話ばっかりしてたって感じだ。
お風呂にささっと入って、出勤。

で、この日の当直は、夜だと言うのにフル回転。
デスクワークに就いたのは、もう深夜近かったんじゃないかな。
入院さんの世話だけでなく、ルーティンでしなければならない雑用や事務があるので、それをこなしながら、ナースコールにも呼ばれる。
赤ちゃんのお世話で、少し様子を観ないといけない状態が入院さんみんなにあったので、仮眠なんか取ることもなく、朝まで働いたって感じだ。
家で寝ることもできなかったので、貫徹で仕事して充血した目に、朝日がすごくまぶしかった。
まぶしさと同時に、赤ちゃんの元気さも回復し、みんな元気元気。
ホッと、朝一番のコーヒーで休憩。
乳母は、仕事をまっとうしたぞ。

簡単に、カステラなんぞをつまみ、血糖値を上げたあと、朝の業務。
そうこうするうちに日勤さんが来て、バトンタッチ・・・とは行かず、10時半頃まで残業してました。
うちの当直は、夕方の4時45分〜翌朝の9時まで。
長い長い16時間。
朝は、きちんと9時に帰れたことは、ほとんどないかも。
今日みたいに、貫徹で仕事することも珍しくないけど、さすがに働き詰めだった1週間だったので、疲れが出てたかも。
今日は帰ってから、母が作ってくれたお味噌汁とごはんを食べたあと、夕方まで爆睡だった。
ホットカーペットが熱いなあと思って目が覚めたら、強だったし。

少し頭の回転もましになり、今夜は久々にゆっくり和食のごはんを作れました。

明日は午後から別の仕事(出張みたいなもん、ずいぶんさぼってるから、そろそろ行かないと・・・・^^;)。
都心へ行くから、帰りにケーキを買って帰ろうかなあ。
だって、私の誕生日が、今週あったんだもん♪
出張以外は仕事はないから、自分のためにのんびりしようっと。

幸せな結婚式
2005年11月13日 (日) | 編集 |
行ってきました。
従妹の結婚式へ。
カンチも姪っ子のくうちゃんも、初めての結婚式への参加と言うことで、緊張してましたぞ。

私が離婚してから結婚式へ参加と言うものは、3回目なのだが、やっぱり結婚式って良いなあ〜♪と思う。
従妹が私よりも一回り下なので、若いだけあって、白いウエディングドレスも、ピンクのお色直しのドレスも(白いブーツを履いていた)大変良く似合っており、綺麗と言うか、かわいらしいというか。
とにかく幸せそうだった。
お産の場面で、赤ちゃんが産まれた後の、夫婦の2人きりの世界の幸せ場面を見慣れているとはいえ、また別の幸せの世界。
見ているこっちも、すごく幸せになる。

人前結婚式のため、私達も参列した。
叔父と従妹が腕を組み、ヴァージンロードを歩いて、旦那サマとバトンタッチ。
指輪のリボンリレーなるものにも参加し、彼女達の結婚の承認者となった。
その後、式場の外へ出、鐘を鳴らしたあと、フラワーシャワーで祝福する。
そして、待ちに待ったブーケの争奪戦プレゼント。
独身の女性達に花嫁さんがブーケをプレゼントし、それを受け取った女性が次に幸せになると言うもの。
従妹の、独身の一回り以上も年下の若蔵若い友達を押しのけて、思わず名乗りをあげようと思ったが、それをぐっと呑みこみ、ガマンガマン。
今回は、花嫁さんが持っているブーケに、いくつか綺麗なリボンがついており、そのリボンをそれぞれひっぱり、ブーケに当たった人に、幸せが訪れるというもので、時々テレビのハプニング場面に出てきそうな、世界の結婚事情とは違い、争うことなく、静かにそれは行われてた。
自分が引っ張ったリボンに、ブーケが当たった人は、すごく喜んでいた。

すでに入籍して、一緒に暮らしている従妹たちだが、1年ぶりに見た彼女は、幸せからか、はたまたナース業と家庭との両立からかはわからないが、良い具合にスレンダーになっており、とっても素敵だった。
旦那サマとは、そのときに一度面識があり、中々いい男ではないか、とこそこそ従妹と話していたものである。
離婚した私を、「みなみちゃんは、仕事もしてカンチも育てて、シングルマザーで格好良い」なんて言っていたけど、私のようなシングルマザーにならないように!(笑)、お互い思いやりを持って、幸せな家庭を築いてね。
応援しています。

ちなみに。
披露宴も終わって、従妹と話す時間があった。
妹が「ブーケをプレゼントするとき、友達だけじゃなくて、お姉ちゃんも仲間にいれてあげなあかんやん」と従妹にツッコミをいれていたので、私も「そうやそうや、私を真っ先に考えてや!」と冗談に取ってくれそうにないのではないかのような台詞を言えば、従妹は「ごめんごめん、お詫びに旦那のブーケをみなみちゃんにあげるわ」と、関西人ならではの会話に引きつった笑顔を見せていた旦那サマを尻目に、新郎の胸のポケットに刺してあった、小さなブライダルブーケをはぎとったプレゼントしてもらった。

幸せがおとずれますように♪


披露宴で使ったお花を、出席者にプレゼント。
生け方にセンスが垣間見られないが、気にしないでください。
小さなコップに生けているのが、新郎のミニブライダルブーケ。
みなさんにも、幸せが訪れますように。
後ろ髪
2005年11月11日 (金) | 編集 |
深夜のオンコールにて、お呼び出し。
久々に夜中の出勤だ。

深夜のオンコール待機は、0時から朝の9時まで。
お産は朝方呼び出されることが多いため、毎回この日はカンチの朝食を準備していかなくてはならない。
大抵、サンドイッチを作るけど、今日は白いごはんも残ってたし、おにぎりにすることにした。
昆布の佃煮を入れ、海苔を巻き、晩ごはんのお味噌汁をマグカップに入れ、テーブルの上に準備しておく。

すると、まだカンチが起きてる時間にラブコール。
お風呂をまだ済ませてなかったカンチに、ガスを消すこと、カギは開けないこと、お風呂以外火は使わないことを伝え、出かけた。
もちろん、近所の友人にも一言メール。
「了解ヽ( ´ ▽ ` )ノ 気をつけていっといで」と返事。
いつもいつもごめんね。
ありがとう。

お産はスムーズに進み、今日も安産。
仕事は3時には終わったけど、深夜に帰ることもできないので、5時まで仮眠を取る事に。
それから、帰宅。
で。
今、帰ってきました。

カンチは、今横ですやすや眠っている。
電気もちゃんと消して、学校の準備もして、お風呂にも入って、きちんと布団で寝ている。

そんなに頻繁にあるわけじゃないけど、深夜の呼び出しだけは、いまだに後ろ髪が引かれる想い。
寝顔を見て出勤・寝顔のときに帰宅、と言うのも心配だけど、起きてるうちに出勤・寝顔のときに帰宅、と言うのも、大変つらいものだ。
もちろん、寝顔さえ見れずに、朝職場からモーニングコールするときも、同じ気持だ。
昼間なら仕事だから、と思えるけど、夜は違う気持が出てくる。
一人ぼっちで、夜に家に居させてしまうのだから。
身の回りの事を、きちんとして寝ていることが、余計つらかったりする。

でも、これもだんだん「母ちゃんが居ないほうがまし」と、思われるようになるんだろうなあ。
それが当たり前の成長なんだろうけど。
寂しいと思っていても、カンチは私とは別の人生を歩かなくちゃいけない人なんだから。
一人で生活できるすべを身につけさせたら、親の役目は終わりなんだ。

だからこそ、赤ちゃんが安産で産まれてくれたらすごくうれしい。
ありがたいなあと思う。
人が誰かの親になる瞬間に、人が誰かの子どもになる瞬間に立ち会えることができることは、すごくありがたい。
何かに支えられて、何かを支えて、人間って生きているんだなあと思う。
また、頑張ろうって思える。

眠い目をこすりながら、関西を離れる用意をしなくては。
明日帰ってくるけどね(笑)

テーマ:小学生の子育て
ジャンル:育児
結婚式を控えて
2005年11月09日 (水) | 編集 |

ええ、もちろんわたくしごとではありませんよ。
出席する側ですから!

仕事はお休み。
本当は、夕方から定例の会議の予定で、休日出勤しなくちゃいけなかったのだが、それが変更になった。
行かなくて済んだのは、幸いだ。

朝、カンチを送り出してから、洗濯。
それが済んでごろごろしてたら、またうとうと寝てしまった。
お昼頃目が覚め、お昼のワイドショーで本田美奈子さんの告別式を観ていた。
私と1歳違い。
別のドラマでも観ているみたい。
なんだかすごく悲しいなあ。

カンチは、今日は5時間授業の日だったので、帰りを待ってから、買い物へ。
週末に従妹の結婚式を控えており、実家総出で行くのだが、大抵準備は揃ったものの、カンチの洋服に困ってしまって。
カンチの行く小学校には、制服がないので、こういうときに大変困る。
それらしい服があるにはあるのだが、欲を言えば、もう少し紺か白の物が(母の好み)良いんだけどな。

うろうろ観に行ったけど、結局ないのよねえ。
サイズも一番困る時期。
150では小さいし、メンズ用のSでは少し大きいので、フォーマルにするには格好悪い。
結局、以前にお古を頂いてた、あの服にしようっと。
靴は友達から、黒のローファーを借りたし。
これで、いいことにしよう。

私の服は、やっと見つかった。
黒のフォーマルでも良いのだが、やっぱりお祝いだし、卒業・入学と着まわすのも目的で、明るいスーツが欲しくてやっと購入できた。
割りとよく行くお店で、スーツは見つかった。
水色のフリンジのついた、スーツ。
フリンジは流行ってるけど、あんまり好みじゃないんだけどね。
けれど店長が「いらなくなったらフリンジを取ってあげるよ」と言ってくれたので、買ってしまった。
まあ、安くもしてもらったし。
靴もバッグもあるもので間に合いそうだ。
(しかし、ピーコのファッションチェックをされたら、ことごとくつぶされるかもしれない・・・・)

しかし、結婚式って何年ぶりだ?
20代前半〜後半にかけて、よく出かけてたけど、年齢が年齢なので、もう出席することもなくなってしまった。
銀行で、お祝いを新札に替えてもらったし、準備万端。
幸せを分けてもらいに行ってこよーっと。

優しいお産
2005年11月07日 (月) | 編集 |
行くか行くまいか。
先月、今月の勤務表を作りながら迷っていたけど、研修に行くことができた。
大抵、私達の研修って、2日ほど連続して行われるのがほとんどだけど、今回は遠方まで行かなくてもよく、また半日だけで終了するものだったし、やっぱり行かなくちゃいけないテーマだったし。
そんなことを話しながら、同僚と2人で行ってきた。

カンチを取り上げてくださった恩師の、講義。
(まあ、割りと頻繁に恩師とは顔を合わせるのだがね^^;)
いつもいつも、若手の助産師や学生のために、頑張っておられる。
後輩のために、技術や助産観を伝授してくださる。

学生の頃に受けた会陰保護技術の講義は、やはり今なお新鮮だ。
結局、医療は進歩しても、助産と言うものは、基本は不変なわけで。
助産師やって、十数年。
初心に戻るには、こういう研修は大変身になる。
特に私が働く職場は、自然分娩のみ扱う施設なので、助産師の力量はもちろん、判断だってまかされるけど、けれどそれが安産であったからと言って、決しておごってはならないのだ。
いろんな要素が集まって、安産が導かれただけであって、決して助産師だけの力ではないからだ。
おごってしまうと、取り返しのつかない事故につながってしまう。
お母さんが自分で産もうとする気持ちと体力や身体の構造、赤ちゃんが元気であってくれたこと、家族の協力。
介助する助産師だけでなく、まわりでサポートしてくれる助産師の力。
全てが一緒になって、初めて安産が導かれる。

会陰保護は、何も会陰裂傷を避けるためのものではない。
女性にとって会陰とは、やっぱり自分の身体で大切な場所。
そこを傷つけずにお産ができるなら、女性は育児のスタートを、身体も心もよりよい状態で迎えられ、子どもをかわいいと思ってくれる。
たかが会陰、されど会陰。
会陰を傷つけたくないと言うお母さんの気持ちと、赤ちゃんのいのちを尊重してこそ、会陰保護なのだ。
産まれる瞬間だけ、その技術が初めて発揮されるのではなく、もう妊娠中から会陰保護は始まっている。

裂傷を起こすのは助産師の技術にかかっている、とはおごっている気持ちだと思う。
確かに、粗暴で未熟な助産技術では、たとえ会陰切開を行ったとしても、裂傷を起こしてしまうこともあるだろう。

お母さんの協力も、すごく必要。
そして、赤ちゃんが元気であってくれてこそ、会陰裂傷を起こさぬように、ゆっくりお産が進めていけるわけで。
赤ちゃんが、少しでもしんどいサインを出したなら、会陰裂傷を起こしてでも、早く産まれさせてあげなくてはならないからだ。

いろんな要素で、安産。
いろんな要素に私も助けてもらって、いのちに安全なお産の介助ができる。
赤ちゃんが元気であれば、自然分娩をこの人に提供してあげたい。
この人の身体を、不要に傷つけたくない。
女性と赤ちゃんに、優しい助産を提供していきたい。
研修を終えて、そんな優しい気持になった。
また頑張ろうっと。

正座の思い出
2005年11月03日 (木) | 編集 |
仕事はお休みで、ウダウダと昼まで寝てすごす。
部屋の整理をしなくてはいけないので、階段下の収納庫の整理を、3時くらいからし始めた。
弟から譲り受けた三段ボックスが、ぴったり収まり、これで収納もすっきりしそうである。
まだガラガラだけどね。

そして、出るわ出るわ、大量の不要物。
ゴミ出しも大変だ。
ゴミの日まで、保管しとかなくちゃ。
以前私のクローゼットも整理し、洗って縮んで入らなくなった服(私が太って入らなくなったとは思いたくない)やこれまた要らない衣料品が数々出てきたので、一緒に処分しなければ。
フリマはもうしなくなったので、売れないし。
オークションに出すほど、綺麗ではないし。

先日、カンチと一緒に「はねるのとびら」と言う番組を観ていた。
以前は夜おそおそにやってたのに、この秋からなのかな、ゴールデンタイムに進出。
その中で、「正座を15分したあとダッシュで走り、タイムを競う」と言うコーナーがあった。
正座に慣れてない彼らは、走れるはずもなく(走れるどころか歩けないというか、立てない)その格好があまりにもおかしくて、涙を流さずにはいられなかった。
お腹が苦しい。


だって。

わたし、経験あるもの。

それも、「正座で捻挫」


4年ほど前。
とある育児サークルで、私は赤ちゃんの保健相談を担当していた。
カーペットを敷き詰めた部屋で、靴を脱いで上がる。
お母さん達が来るまで、私は茶卓でレポートを書いていた。

15分どころではない時間、正座していたと思う。
割りと正座は、平気だったのだけれど。

それからしばらくして、赤ちゃんを連れたお母さん達が、数組やってきた。
「あ。おはよう〜!」
おもむろに立ち上がった私。

そうです。
足は思うように動かず、立った瞬間、足はつまさき立ちのようになり、バレリーナのような格好のまま、足首が横にぐにゃっとなってしまったのです。


ぼきっっっ。


響く大きな鈍い音。

お母さん達も、「ああああ!」と叫んでいた。

めーーーーーっちゃ痛かったのをこらえ、必死に笑顔を作る。
「お、おはよう・・・。正座していたから、足しびれちゃったわ・・・。
あっはっははは・・・・・。」

そのあと、みるみる足首が腫れあがり、涙が出そうなほど、ずきずきしてきて。
折れたかな?と思ったほど。

そんな私を見かねた相棒が、ここは私がしとくから、みなみさんは病院へ行ってきて、と言ってくれ、その場を後に。

自転車をこいで行くが、もちろん片足こぎである。
5分もない距離に、整形外科があるのだが、それがものすごく遠い道のりに感じました。

時間が経つにつれ、痛さはどんどんピークに達する。
病院に着いたは良いけれど、今度は歩いて玄関まで行かねばならない。
靴も脱がなくてはならないし、スリッパを履くという行為も行わなくてはならない。
レントゲンを撮るのにも、先生はぐにゃぐにゃと足首を触るし、角度もつけないと写らないので足首を曲げだすし。

もう、恥をしのんで痛さを身体で表現してしまいました。
身体をくねらせて、痛いので触らないでと言ったほど。

けれど、半日で帰宅する頃には、痛さは随分ましになってきていた。

でも、これ。
正座で捻挫。
すごーく、どんくさいことだったのね。

ネットで検索してみると、出るわ出るわ。
「おもしろいはなし」「はずかしいはなし」と言った、たぐいのサイトに。


そんなことを思い出しながら、観ていた「はねとび」でした。

           <今日の晩ごはん>はこちら
つきっきりで看護
2005年11月02日 (水) | 編集 |

長い長い陣痛の末に、やっと赤ちゃんが産まれた。
前日の当直さんや日勤さんも、気が気でなかった様子で、みんな居残ってお産を見守っていた。

陣痛が弱く、中々進まない様子だったけど、波に乗ってからは、ぽんぽんと進みだし、結果的にお母さんも赤ちゃんも元気なお産だった。
あんなに時間がかかったのに、お母さんは産んですぐに「また産みたい、2人くらいは子どもが欲しい」とさえ言い出し、満足されたお産を体験されたのだなあと思った。
良かった良かった。
おめでとうございます。

ほっとしたのもつかの間、やはり長い時間かかった影響なのか、赤ちゃんが徐々に元気を失い掛けてくるような症状が見られ出してしまった。
お産直後はすごく元気だったこの子は、お産後4〜5時間後から、しんどくなりだしたのだ。
まだ産まれて間もない新生児にとって、子宮外生活に適応して行くことは、中々大きなストレスだ。
スムーズに行く子もいれば、時間のかかる子もいる。

一晩観察や看護を続け、でもその症状は一過性のものだろうと言う予測もあり、症状が現れても赤ちゃんはぐったりしたり泣き声が弱々しいこともなく、朝型には状態も落ち着いてきた。
もともと体重もある大きな子なので、持って産まれた元気さを取り戻してきてくれたのだ。
身体もきれいなピンク色に戻り、お腹が空いたと、手足をばたつかせて泣き出してきた。
寝ずに看護していたけど、ほっとしました。
もう、心配ないでしょう。

お産も介助し、赤ちゃんを看護し、気の抜けない当直でした。
帰宅してからは、もちろん死んだようにzzzz。
でも、まだ眠いや。
明日お休みで良かったです。

           <今日の晩ごはん>はこちら

優しい一言
2005年11月01日 (火) | 編集 |
本職はお休み。
で、新生児訪問のアルバイトへ。
また違った環境でのお仕事なので、良い気分転換になる。

本職が休みで、別の仕事や用事があるときは、できるだけカンチが学校から帰ってくるのを迎えてやれるようにしている。
今日もカンチの帰宅時間には、家にいることができた。
カンチの顔を見てから買い物へ。

家の前で友達と遊んでいたので、出かける旨を伝え、買い物へ。
日が暮れるのが早くなったもので、2時間ばかしうろうろしていたら、随分暗くなってしまった。

カギを開けて家に入ると、カンチはリビングで寝ていた。
買い物を整理し、キッチンで用事をしていると、カンチが突如むくっと起きだした。

「母ちゃん、カギ持たんと出て行ったと思ってたから、オレ、眠れんかったわ。」

私がカギを持たないで出かけたと思っていたらしい。
カンチが一人で家にいるときは、私は常にカギを閉めて戸締りするように言っている。
だから、自分が寝てしまうと、カギのない私が家に入れないと思ったのだろうか。

「お母さん、いつもカギ持ってるやん。それに、カンチが家のカギ閉めて寝てても、ピンポン鳴らすから大丈夫やん。」

「あ、そっか。」

私が家に入れないと思って、心配してくれてたのかしら。
こういうところは、すごく優しい子だな、と思う。
思いやりのある子に育ってくれたな、と思う。

そして、ちょっとしたこんなことで、ああ、母子家庭10年やって来て良かった、私はなんて幸せ者なのだろう、と思ってしまうのも、大変親バカだな、と思う。
これまた、涙まで出てきてしまうので、困ったものである。

親バカをかみしめた、カンチのちょっとした優しい一言でした。