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2005.11.07 00:22

行くか行くまいか。
先月、今月の勤務表を作りながら迷っていたけど、研修に行くことができた。
大抵、私達の研修って、2日ほど連続して行われるのがほとんどだけど、今回は遠方まで行かなくてもよく、また半日だけで終了するものだったし、やっぱり行かなくちゃいけないテーマだったし。
そんなことを話しながら、同僚と2人で行ってきた。

カンチを取り上げてくださった恩師の、講義。
(まあ、割りと頻繁に恩師とは顔を合わせるのだがね^^;)
いつもいつも、若手の助産師や学生のために、頑張っておられる。
後輩のために、技術や助産観を伝授してくださる。

学生の頃に受けた会陰保護技術の講義は、やはり今なお新鮮だ。
結局、医療は進歩しても、助産と言うものは、基本は不変なわけで。
助産師やって、十数年。
初心に戻るには、こういう研修は大変身になる。
特に私が働く職場は、自然分娩のみ扱う施設なので、助産師の力量はもちろん、判断だってまかされるけど、けれどそれが安産であったからと言って、決しておごってはならないのだ。
いろんな要素が集まって、安産が導かれただけであって、決して助産師だけの力ではないからだ。
おごってしまうと、取り返しのつかない事故につながってしまう。
お母さんが自分で産もうとする気持ちと体力や身体の構造、赤ちゃんが元気であってくれたこと、家族の協力。
介助する助産師だけでなく、まわりでサポートしてくれる助産師の力。
全てが一緒になって、初めて安産が導かれる。

会陰保護は、何も会陰裂傷を避けるためのものではない。
女性にとって会陰とは、やっぱり自分の身体で大切な場所。
そこを傷つけずにお産ができるなら、女性は育児のスタートを、身体も心もよりよい状態で迎えられ、子どもをかわいいと思ってくれる。
たかが会陰、されど会陰。
会陰を傷つけたくないと言うお母さんの気持ちと、赤ちゃんのいのちを尊重してこそ、会陰保護なのだ。
産まれる瞬間だけ、その技術が初めて発揮されるのではなく、もう妊娠中から会陰保護は始まっている。

裂傷を起こすのは助産師の技術にかかっている、とはおごっている気持ちだと思う。
確かに、粗暴で未熟な助産技術では、たとえ会陰切開を行ったとしても、裂傷を起こしてしまうこともあるだろう。

お母さんの協力も、すごく必要。
そして、赤ちゃんが元気であってくれてこそ、会陰裂傷を起こさぬように、ゆっくりお産が進めていけるわけで。
赤ちゃんが、少しでもしんどいサインを出したなら、会陰裂傷を起こしてでも、早く産まれさせてあげなくてはならないからだ。

いろんな要素で、安産。
いろんな要素に私も助けてもらって、いのちに安全なお産の介助ができる。
赤ちゃんが元気であれば、自然分娩をこの人に提供してあげたい。
この人の身体を、不要に傷つけたくない。
女性と赤ちゃんに、優しい助産を提供していきたい。
研修を終えて、そんな優しい気持になった。
また頑張ろうっと。

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