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2012.04.22 15:44


昨年、9年ほど勤めたお産のお仕事を退職しました。
自然分娩のお仕事だったのですが、管理職の責任の重さや他のスタッフとの方針のずれなど、この9年本当にいろいろありました。
私は物事をはっきり言える性格でないので、そのあたりで1人で抱えていたこともありました。
管理職でなければ、今も続けていたかもしれません。
でも、お母さんの笑顔や赤ちゃんの生きる力、お産の素晴らしさに支えられてやってこれたなと思います。
昼も夜も(いや、ほとんど夜ねww)お産にどっぷり浸っていましたが、出会ったお母さんと赤ちゃんたち、お産という自然の営みに心から感謝しています。
本当にありがとうございました。

しばし生命の責任から離れてみたいなと思い、企業に看護職として転職してみました。
会社でお勤めしてOLデビューも良いかも!と単純な理由で(でも本心はそうでなかったのよ。カンチの大学の授業料もあるし、この年齢でのOLデビューはどうなんだ!?とも考えたの)転職しました。
始めはまっさらな状態で、新しい世界が楽しくてお仕事していましたが、次第に霊感???(笑)ではないんだけど、なんだか自分の立ち位置がしっくりこなくなってきました。
一緒に入職した同期の子とも仲良くなれたし、先輩スタッフも優しかったし。
でも、何だかいつもお尻がそわそわしていました。
空気が変、というか肌に合わないというか、何だかわかんないんだけど。
会社なので、臨床と違って仕事が終わればスパッと帰れるし、残業もない。

最初は五月病だ!と思っていたけど、「何かおかしいな」と思い始めて数ヶ月、お休みの日に限って動悸がしたりそわそわしたり、すごく身体がたえられなくなってきました。
仕事に行くと淡々とこなせるのに。

あ、これは合わないということかな?と思い、あまり悩まずにそれこそスパッとその会社も辞めることにしました。
上司始め、スタッフの方たちは良い方が多かったので、会社には良くしていただいたと思っています。
二度目のありがとうですね。
まだ次の就職先も決まってないのに、カンチの授業料もあるのに、プータロー生活を数ヶ月することになりました。

その後、何がどうなってしまったのか、看護学校の教員として働くことになってしまいました。
看護職には臨床だけではなく、いろんなお仕事内容があるけれど、教員だけは絶対ならないだろうと思っていました。
(非常勤講師としてお仕事した経験は数年あったけど、非常勤と専任は違うからねえ。。。)

その後、あれよあれよととんとん拍子に話が進み、今、教務室にデスクがある状態です(笑)
他の教員の先生方もとても良い先生方ばかりで、職場に恵まれたことに感謝!
副担としてクラスの学生たちをまとめつつ、助産師としての専門分野の講義や実習を担当しています。
私が学生だった頃ともちろん随分看護教育も変わってきているので、私も一から勉強です。
新しい看護診断や看護過程の展開に、眉間にしわを寄せながら、奮闘しています。
基本に忠実に実践するって、実はすっごく難しい!
細かいところまで掘り下げて考えたり、知識を持ってないと、学生たちにアドバイスできないんだもん!

出会いっておもしろいなあとつくづく思います。
そんなこと思っていたら、高校生の時、助産師になりたいと思った以前に、教師になりたいと思っていた時期があったのを思い出しました。
潜在的に頭に残っていたのかもしれません。

学生達はカンチと同じ世代です。
仕事でも家庭でも、若いパワーに助けられながら、頑張って行きたいと思います!


しかし、私の人生って、まさにNever Too Late だと・・・(笑)
そしてお仕事が看護教員だなんて、ますます恋愛が縁遠く・・・・(爆)
(お産から離れると、またお産したいって思いだすんだよなあ、これがまたww)



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テーマ : ナースのお仕事 - ジャンル : 就職・お仕事

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| | | 2012.11.07 23:18 |

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