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2005.05.08 17:40

私は、高校卒業後、某国立病院付属の看護学校に入学したけれど、看護学校の臨床実習は、それはそれは、厳しく、楽しく、思い出に残るものであった。(助産婦学校はもう思い出したくも無いくらい、実習はつらかったけど)
今でこそ、看護学校のカリキュラムは変更され、実習単位は少なくなり、看護論理を学ぶべく机上の授業が多くなっているが、私達の頃13~4年前は、まだまだ実習が多かった頃であった。

実習は、1年生から約2週間の基礎実習という形でスタートされる。
入学して約半年、看護婦のシンボルとも言えるナースキャップをつけることが許される厳かな式典「戴帽式」の後(今は、この戴帽式もない学校が多いらしい。ナースキャップが結局不潔で細菌感染の原因になったり、キャップのとがった部分が患者さんに当たったりして、危険だからという理由で、ナースキャップをかぶらない病院も多いのだ)、いよいよ実習が始まる。
基礎実習は、バイタルサインといって、検温や血圧測定、一般状態の観察や、体位変換、清拭、排泄や食事の介助、ベッドメーキングといった、基本的な看護を受け持ち患者さんを通して学んでいくのだ。
そして実践のほか、看護計画を立案し、実際の看護における問題点や考察を行い、次の看護に結び付けていくという、看護記録の方法を身につけていく。

2年生になると、成人看護実習といって、外科や内科、整形外科、神経科など、成人の患者さんを通して、各論を学んでいく。

そしていよいよ3年生。
産科、小児科、精神科、手術室、中央材料滅菌室(ガーゼや綿花、手術等で使用する医療器械を滅菌して、セッティングするところ)、外来など、少し特殊な科目の実習に入る。
2年生で行った、成人の各論実習と平行で行われるので、3年生になれば、とても大変な実習となる。
私はこの中で、手術室の実習(通称オペ室実習)がとても印象に残っている。
今ではもう到底出来ないような、貴重な実習(経験)をさせて頂いたからだ。

総合の国立病院であったため、いろんな患者さんのオペが毎日のように行われていた。
婦人科の子宮筋腫のオペ、脳外科の開頭術(ドリルで頭蓋骨を開け、脳に張り付いてる血腫を取り除いたりするの)、整形外科の顕微鏡科でのヘルニアのオペや大腿骨頭置換術(お年寄りなどで、足の付け根が骨盤から抜けて折れてしまうので、それの治療)、外科の胃や腸のオペなど、いろんなオペを見学することが出来た。
しかし、実習は見学だけではない。
オペに使用する医療器械(メスとか、クーパーとかはさみのようなものなど)の名称や形を覚えねばならないのだ。
バカほど種類もサイズも豊富なので、覚えるだけで大変だ。
そして、このオペにはこの器械が必要、サイズは何、いくつ必要、この医師にはこの器械が必要など、いくつも覚えることが山のようにある。
そして、私達は看護婦の卵なので、オペ室での看護についても学ばなくてはいけない。
オペといえば、そう、ドラマでも出てくる通り、医師が「メス!」といえば、メスを医師に渡す、直接介助のあの役だ。
そして、オペを進行しやすくするために、直接オペに携わらず、外回りを行う看護・間接介助という、役がある。
間接介助は、学生でもなんとか足を引っ張りながらでも動き回れるのだが(散々指導者のナースに怒られたが)、直接介助となると、話が違う。
そして、私の学校では、虫垂炎の手術(みんなが盲腸というヤツね)でなら、学生にも直接介助のチャンスがあるので、緊急にオペが入った場合に備え、各自自習し、誰が当たっても良いようにしておかなくてはならなかった。
虫垂炎のオペは、比較的使用する器械も少なく簡単で、オペ時間も短く、学生にはもってこいのチャンスだった。
しかし、そうそうたくさん数があるわけじゃない。
学生が当たるチャンスは、40人で1~2人という確立だ。
私達のグループも、オペが無いときはデモストなどを行い、自習に励んでいた(少々サボりながら)

そして、ある日、午後から虫垂炎のオペが入るという連絡を受けた。
前もって、順番を決めていた私達だったが、順番で一番最初に当たったクラスメートが「私は絶対に出来ない~!!!!」と、言い出したもんだから、2番目の私に順番が回ってきてしまった。
みんな「そうやそうや、みなみが行きや」などといい加減なことばかり言いたおす。
誰かが行かないと、このせっかくのチャンスが流れてしまう。
私は、もうすでに助産婦になる意思があったので、ここでこういう経験をしておかないと、もう2度と経験できないと思い、意を決して婦長に申し出、私がさせて頂くことに決まった。
オペが始まるまで、1時間あまり。
器械の名前を復習し、医師に手渡す順番や医師が操作しやすいように渡さなければならないので、手渡す器械の向きや、そんなことをもう一度デモストした。
いつもは怖い怖い婦長も、このときばかりはとても熱心に指導してくださり、ありがたかった。
ものすごい緊張と不安のあまり、もう逃げ出したかったけど、ココで経験しないともう一生後悔するだろうと自分に言い聞かせた。
あんなに長く感じられた1時間を、私はかつて過ごしたことが無かったくらいだ。
もう頭の中は、器械の名前がぐるぐる回り、患者さんが男か女か、若いのか年配なのか、そんなことさえもわからなくなっていた。

患者さんが運び込まれる。
私は婦長とともに、手洗いの準備に入る。
ガウンを着る。
手袋をはめる。
しかし、婦長は手洗いはしない。
あくまでも、私が直接介助の担当なのだ。
婦長は支持をするだけだ。
オペは、医師と学生の私だけで行われるのだ。

患者さんに麻酔が施され、いよいよオペが始まる。
同じグループのメンバーも緊張した様子で見学している。
私は、医師が言う器械をどんどん手渡していく。
使用し終わった血液の付いた器械を受け取り、消毒ベースンに入れ、また新しい器械を手渡す。
あんなに練習したのに、器械の向きが正しくない。
普段怖いN医師であったが、このときはやさしく「この方向で渡してくれ」と言ってくださった。
スイマセンと私は言ったが、マスクをつけていたせいで、聞き取れなかっただろう。

何とか無事オペは終了した。
N医師も「ごくろうさん」と言ってくださり、婦長も「がんばったわね、いい経験だったわね」と言ってくださった。
上手に出来たわけじゃない。
機敏にオペが運んだとも思えない。
もたもたしていて、あせっていたし、患者さんがどんな方なのか、そんな基本的な情報さえ収集出来ずにいたし、看護というにはあまりにもずさんだったかもしれない。
でも、達成感だけはあった。
貴重な経験だった。
看護婦として働いても、オペ室に配属にならないと、こういう経験は出来ないのだから。
そして、助産婦になると決めていた私は、もう2度とこういう経験は出来ないのだから。
今でも、鮮明に覚えている、看護学校時代の思い出である。

余談・・・。
このオペ室実習で、学生の指導者の担当だったナースと、その後今の職場で再会。
彼女はあれから保健婦と助産婦の資格を取りに進学し、保健婦となって働いていたのだ。
4年先輩だけど、今では大の仲良しです(^^)
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テーマ : ナースのお仕事 - ジャンル : 就職・お仕事

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