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2005.05.08 17:40

「ぼく・わたしがうまれたとき」で、妊娠中や出産のことを書いたが、それより詳しく、私のお産を振り返ってみようかと思った。

私は予定日の次の日、40週1日でカンチを生んだ。
ちょうどその前日の予定日に、妊婦健診に当たっていたが、内診ではお産になる日はまだ先になるかと言う診断であった。
M先生(私は助産院に掛かっていたので、このM先生と言うのは医師ではなく助産婦)は、「お産が少しでも早く迎えられるように、おまじないをしておこう。」とおっしゃり、卵膜剥離を施してくださった。
卵膜剥離とは、子宮内膜と赤ちゃんを包んでいる卵膜が密着しているので、それをそっと内診指ではがしていくことだ。
その剥離した刺激で、子宮収縮(陣痛)が起こるので、お産につながっていくのだ。
それまでは、なんとなく規則的になったり遠のいたりする「前駆陣痛」はあったのだが。
私はその健診の後、今までより少し良く張るお腹をさすりながら、帰宅した。

自宅からお産をするM助産院まで、電車を乗り継いで通っていた。
2時間近く通院時間は掛かっていたのだが、その日は途中のデパートで雑貨屋を見たり、1人でお茶を飲んだり、子供服を見たり、かなり寄り道をしてから帰宅した。
通算3~4時間は歩いていただろうか。
そのときも、かなり下腹が張っていた。

その日の入浴は、いつもより念入りに乳頭のマッサージをし、できるだけ子宮収縮を自分で起こすようにしていた。
入浴中も、お腹はよく張り、カンチも元気に動いていた。
産休に入っていた私は、かなりの夜型人間になっていたので、その日も午前1時過ぎに布団に入り、「明日もよく歩くぞ」と、考えながら眠りに入った。

うとうと眠っていた私は、お腹の痛みで目が覚めた。
午前3時。
あれから2時間しか経ってない。
お腹の痛みは、下痢の痛みに似ていたので、私はトイレに行ったのだが、どうも下痢では無い様子。
トイレに座っていると、何だかこの痛みは規則的に来て、お腹もかなり固くなっている。
今までの前駆陣痛とは、ちょっと痛みも違う。
「ええ~、まさか陣痛?」
だって、昨日の診察では、お産はまだ先と言われていたぞ。
布団に戻って眠ることにしたが、なんだか興奮とお腹の痛みで眠れない。
時計で時間を測ってみると、お腹の痛みは5分おきに来ている。
やっぱり陣痛だ!
でも陣痛が来だしたところなので、今すぐ生まれるわけでもなく、やっぱり朝まで様子を見ることにした。
カンチは元気に動いていた。
私は何だかわくわくしていた。
本当に楽しみだったのだ。

6時になり、陣痛感覚は縮まらず5分おきだったものの、痛みはかなり強くなっている。
朝の診察の準備もする頃だろうし、私はM助産院に電話をした。
M先生もちょっとびっくりなさり、朝の通勤ラッシュに重ならないように来院するよう、指示してくださった。
私は当時の夫の実家と、目と鼻の先にマンションを借りていたので、とりあえず仕事に行く夫の変わりに、義父母に車で連れて行ってもらうことになった。
私は助産婦なので、そんなに付き添いも要らないし、大丈夫と言ったのだが、義父母にすれば初めての内孫なので、彼らの気持を尊重することにし、一緒に行ってもらった。
M助産院に着いたのは、8時を回っていた。
M先生は、ニコニコと笑顔で私を迎えてくださった。

M助産院に着くと、まず分娩監視装置を装着し、陣痛とお腹のカンチの元気な様子を診断する。
相変わらず陣痛は5分おきだが、強くはなってきている。
そしてカンチは元気だ。
内診していただくと、子宮口は3センチ開大している。
昨日の卵膜剥離のおかげなのか、すごいすごい。
でも、お産までにはまだ時間は掛かるので、私はいったん帰宅することにした。
幸い、自宅より私の実家のほうがM助産院まで近く、車で10分の距離だ。
自宅には帰らずに、実家に帰り、しばらくゆっくり様子を見ることにした。
そのときM先生は「はい!」と言って、お産のときに使用する清潔グローブを私に手渡した。
コレは、私に自分で内診しろということだ。
「自分で内診して、いい時期にまた来なさい。」とおっしゃった。
うわさには聞いていたが、やっぱり助産婦は自分のお産のとき、自分で内診しないといけないのか・・・と、こんなときまで仕事をする自分が、何だかなーと思ってしまった。
帰宅前にトイレに行った私は、そこで初めて出血(おしるし)を見、いよいよお産になるのだなーと感じていた。

実家に帰った私は、母にお風呂を沸かしてもらい、ゆっくり入浴した。
体を温めると血行が良くなるため、子宮の周りの血液循環も良くなり、お産の進みが早いのだ。
その後、母におかゆを作ってもらった。
朝食をとってなかった私は、お腹が空いてるはずなのに、痛みで胸やけがし、少しだけしか食べられなかった。

午前中の仕事を終え、夫が実家にやってきた。
ちょうどお昼だったが、痛みは強くなってるのに、相変わらず陣痛間隔は5分おきなのだ。
私の体は、いったいどれだけお産が進んでいるのだろう。
私は意を決してトイレに入り、清潔グローブを右手にはめ、自分で診察してみた。
痛いのに、なんで私は仕事をしてるんだと思ったが、子宮口は6センチ開大してると、私は診断した。
カンチの頭も、随分下に下がってきている。
よっしゃ!と、私は、必死に呼吸法をしながら、夫の車に乗った。
車の揺れもあったのか、急に陣痛が進んで、間隔が3分おきになっていった。

その週はちょうど、私の卒業した助産婦学校の学生(つまり後輩)の、助産所見学実習の週であったので、M先生も学校に連絡をし、私が着いた頃には、10人くらいの助産婦学生がすでに到着していた。
「みなみさん、よろしくお願いします。」と、学生達は挨拶したが、コレは仕事じゃないっての。
私のお産だよ。
この挨拶は、なんか変だよ。
せめて「頑張ってください。」って普通の妊産婦さんに接するように、応援してよ(涙)

M助産院に到着してすぐM先生は診察してくださった。
子宮口は8センチ開いてる。
結構進んだもんだ。
ただ、カンチの頭の向きがまだ反対だったので、椅子にうつぶせになるようにもたれ、カンチの頭が正常な位置に回れるように、過ごした。
夫も腰をさすってくれたが、学生達も次々と腰をさすってくれたり、見守ってくれたりしたので、私は心強かった。
そして、ついにいきみたい感覚に襲われ、分娩場であるベッドへ移った。
(助産院では、陣痛も好きな格好で過ごせるし、自由なのです。畳の部屋で生むことも出来るのよ。)
そして、お産の準備が出来ると、M先生は人工破膜(自然に破水しない場合、お産の介助者が人工的に破水させること。卵膜をコッヘルという器械で、引っ掛けて破き、破水させるのです。)を施し、数回いきみをかけていった。
途中、カンチの頭にも触らせてもらい、M先生は「自分でお産とりあげれるなー」と、冗談をおっしゃった。
その後も数回いきんだだけで、カンチはとても元気に生まれてきてくれた。
体重2880グラム、アプガールスコアも1分後は9点!!
すごくうれしくて、早く顔を見たかった。
ああ、こんな顔だったのか、あなたは。
生まれてきてくれてありがとう。
お母さんを安産にしてくれて、ありがとう・・・。
感動というより、うれしくてうれしくて仕方なかった。

助産院では、不必要な医療行為は行わない。
浣腸も剃毛もしないし、会陰切開もしないので(よっぽどの場合はします)、私は出来るだけ、M先生のリードの従い、いきみを調節していたつもりだったが、カンチが生まれる直前の、いきんではいけない時期にちょっといきんでしまったので、会陰が少し裂傷を起こしてしまった。
深いものではなかったので、M先生に縫合してもらったのだが、助産院では医薬品は使えないのだ。
ちょっと小さめの胎盤が娩出された後、私は、麻酔なしで縫合に立ち向かうことになった。
・・・もちろん、飛び上がったのは、いうまでもない。
裂傷が深くなかったのが幸いだ。
コレは、陣痛より痛かったのだ。

私がM助産院に入院したのが、午後1時。
カンチが生まれたのは、午後3時。
本当に安産だった。
私は、陣痛はもっと痛くなるものだとばかり思っていたので、「あれ?もう生まれるの?」という感じだった。
決して痛くなかったわけじゃない。
陣痛はもちろん痛いのだが、これからもっともっと痛くなるという気持が強かったので、頑張れたのかもしれない。
分娩時間は、ちょうど12時間。
陣痛開始は、始めから5分おき。

それに、実家で頑張ってよかった。
実習に来ていた助産婦学生達も、2時間付き合ってくれた。
実り多い、実習になっただろうか。
しかし、お産の後、「ありがとうございました。」という挨拶はないだろう。
お産前にも書いたが、もっと普通の妊産婦さんみたいに「良かったですね。おめでとうございます。」と、ねぎらってよ・・・。
(言ってくれる子もいたけど)

夕方近くのお産だったが、M先生は「もう、自分で看れるやろ」とおっしゃり、私は甘えることも許されず、生んだその夜からカンチの面倒を看ることとなった。
お産当日、子供の面倒を見るのは、今の時代私だけだと思いながら、カンチと一緒に寝た。
ふにゃふにゃ言ってくると、私は母乳を含ませる。
授乳中、私のお腹がきゅるきゅる鳴ると、カンチは聞こえてるのか、びっくりしていた。
お産当日の夜も、カンチの世話でゆっくり眠れなかったが、いろんなことに対して気分がハイになってたし、しんどいとは思わなかった。
それよりも、何だか仕事をしてるみたいな感じ。
私は、淡々と仕事をこなしている。
それも夜勤だ(笑)
仕事と違うのは、世話をしている赤ちゃんが自分の子供で、ミルクやブドウ糖ではなく、自分の母乳を与えてるということだけだ。

その後も、母乳も良く出、子宮の戻りも良く、カンチの黄疸の心配も無かった。
そして、M先生はおっしゃった。
私の後、お産を控えてる妊婦さんの予定日までしばらく日にちが空くので、お母さんのお墓参りに行きたいとおっしゃった。
それはきっと、私に助産婦なんだから、早く退院しなさいと言ってるのだなーと思い(私が普通のお母さんだったら、M先生もそんなことはもちろん言わないだろうが)お産後4日で退院した。
すでに母乳で大丈夫だったし、不思議と私は心配が無かった。
これから、カンチとの生活が始まることで、心がいっぱいいっぱいだった。
(でも、私が助産婦であるがゆえに、自分のお産で経験しないことまで経験してしまった。お産のときもビデオに撮ってと夫に頼んだが、夫は何を思ったのか学生にそれを依頼したので、撮られたビデオを見ると、家族向けの感動的なお産ではなく、助産婦学生の勉強のためのようなシーンばかりであった。そんなの後からカンチと見れないよ・・・。)
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テーマ : マタニティライフ - ジャンル : 育児

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